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うつ病寛解後の恋愛がしんどい理由を考察!【現在進行形体験記】

希望 失望
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一度はあきらめ心の奥にしまっていたのですが、また真剣に向き合いたいという思いが湧いてきました。

それは恋愛。

私は結婚したいですし子供も欲しいのです。

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世間がどう変わろうが私は結婚したい

 

世間のロールモデルが変わり、これからは結婚しない人も増えるだとか、結婚が幸せではないなどという意見もあります。

確かに利己的に考えれば、結婚は必ずしも全てプラスではないでしょうし、辛いことも待っているだろうことはわかっています。

 

しかし、私は結婚したいのです。

 

うつ病が寛解して1年以上が経過しました。

疲れますが仕事もなんとかこなせています。

健康維持のため週2のジム通いも安定してきました。

毎日とはいきませんが、3月から始めたブログもこれで185記事目と続けることができています。

 

私がブログを書き始めたのは、これまで自分がなんとなく生きてきてしまったことに気が付いたからです。

振り返ればいつも理想と現実のギャップばかり気にして、頭でばかり考えてしまい行動に移せない。

今を大事に生きていませんでした。

心の奥底で作られた劣等感の塊が次第に大きくなっていき、あるきっかけを通して私自身を覆ってしまったのです。

 

ブログは新たな自分を見つけるためのツール。

書き続けることによって、書くために知識を得ることで自分自身の何かを変えられるかもしれない。

そんな希望のもとブログを始めました。

 

まだバッチリやりたいことまではみつかってはいませんが、ある程度習慣化できたことで日常生活を営むための糧にはなっていると思います。

 

人間安定してくると更に欲がでてくるもの。

私は、欲が出てくるというのは実は喜ばしいことだなと思っています。

欲とは謂わばエネルギー。

どん底だったときの無気力感を考えれば、それは奇跡のようなエネルギーなのです。

 

どん底だった時には、何も欲しいとも思えなかったし、そんな事まで頭が全く回らなかったわけですから。

一度は完全に諦めていた結婚の芽がないものかまた真剣に考えるところまで登ってきたのです。

 

実際に女性と食事に行ってみてしんどさを感じる

 

実は一昨日ある女性と食事に行ってきました。

その女性とは、1週間前に参加した婚活パーティーで知り合いました。

 

私にとっては婚活パーティーに参加できたことさえ病んだ当初を考えると考えられないくらいの進歩です。

 

私的には無難に食事を終えることができ安堵した面もあったのですが、その日の疲れは尋常ではありませんでした。

  • 仕事を1日こなすよりも
  • 筋トレで汗を流すよりも
  • こうしてブログを書くのよりも

数段疲れました。

 

いや、正確には疲れの種類が違うと考えるのが妥当かもしれない。

それでは、タイトルの核心『うつ寛解後の恋愛がしんどい理由』について迫っていきたいと思います。

 

うつ寛解後の恋愛がしんどい理由

 

自分の視点が相手中心に移るから

 

元々人のことばかり気にして病んだ私からすると自然なことだったのですが、過ぎるといいことはありません。

自分の行動や考えは変えられても、相手の行動や考えまでは変えられないからです。

 

私の最近の合言葉は「まあいいか」でした。

自分がどうしても譲れないこと以外は「まあいいか」と受け流す。

相手に理想を求めず、自分を理想で追い込まない。

私が立ち直るうえで身に着けた心身の健康を守るための考え方です。

 

大抵のストレスはこの考え方が板に付けば受け流せるし、良くも悪くも毎日を平穏に生活できるようになっていきます。

 

しかし、こと恋愛になると、「まあいいか」とはいかなくなっていたのです。

チャンスは多くはないという思いが焦りを生み、自身に余計な負荷をかけていたのです。

何が正解かはわからないのに、相手に気に入られたいという思いが強すぎました。

 

立場はわきまえていますので、私に残されたチャンスがそれほど多くはないのはわかっています。

 

身体の疲れは、その負荷が想像していたよりしんどかったということなのだと思います。

 

極端な話、相手にとって何が正解なのかなんてわかりません。

本来であれば、ありのままの自分で向き合えばいいだけの話なのですが、後がないという自分自身が課したプレッシャーが自身を追い込んでいたのです。

 

頭ではわかっているつもりだったのですが、【言うは易く行うは難し】を実感しました。

 

恋愛は相手を想ってのものだから

 

私はうつの治療を通して、自分自身との折り合いをつけることが必要だと学びました。

しかし、こと恋愛に関してはそれだけでは足りないのです。

 

何せ相手がいることですから、相手と想いを通じ合わせなければなりません。

つまり、相手とも折り合いが必要になってくるのです。

 

寛解後女性と触れ合ってみて、それが如何に難しいことだったんだろうと思ってしまいました。

 

私も人並みに恋愛はしてきましたが、今に思うとあれは相当なエネルギーだったんだなと驚かされます。

考えても仕方がないのに、ラインの返信如きに一喜一憂してしまう自分に現状抗えません。

 

内面に抱える不安

 

パーソナルなことなので深くは書きませんが、身体的、精神的不安がいつまでも拭えないのもしんどい理由かと思います。

1年以上をかけてやっと安定したバランスに恋愛を加えるのが正直恐いのです。

 

恋愛をすることで、より元気を取り戻す気がしないでもないのですが、諸刃の剣となる危険性だってあるように思うのです。

寛解したとはいえ、精力は減退したままですし、パートナーを幸せにできるのかなんて考え始めると動けなくなってしまいます。

 

この件に関しては多くが相手次第ですので、考えても仕方がないとは思うのですが・・・

 

うつ病寛解後の恋愛がしんどい理由を考察!【現在進行形体験記】おわりに

 

ただでさえ年齢を重ねての相手探しは難しいものがあります。

何とか相手をみつけようと無理を重ねれば、せっかく安定したバランスすら崩しかねないのです。

相手をみつけたからといって、万事うまくいくとは限りませんし、恋愛には心の強さに加えて情熱と体力が必要だと改めて痛感しました。

 

ちょっとやそっとでは揺るがない精神。

文章にまとめてみて、私が次に目指すステージがみえてきました。

 

最後までお読みいただありがとうございました(._.)

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ABOUTこの記事をかいた人

普段は会社員をしている40代男性です。 (病院勤務→自動車関係→映像制作会社) スニーカーの紹介やプロ野球(巨人)のこと、スタバ・映画のレビュー等を中心に発信しています。 レビューは実際に所有するもの、経験したことのみを記事にするようにしています。 趣味は野球観戦、甘いものを食べること、映画鑑賞、スニーカー集めなど